
最初はシドニーで暮らした。生活は楽しかった。英語学校へ行くと同年代の日本人が集まっているから、修学旅行の延長みたいなものだった。
横山 重隆さん
[profile]
・滞在国 オーストラリア
・滞在期間 1985年11月~1986年4月
・渡航時年齢 25歳
・現在の職業 会社役員(不動産会社経営)
『清水の舞台から飛び降りる』―――。
私はワーキング・ホリデーでオーストラリアへ行った時の体験を話すとき、よく時々この言葉を使う。
24年前は、今のようにインターネットで簡単に情報が手に入る時代ではなく、本屋へ足を運んでもそれらしき本はなかったし、私のまわりには海外に行った人もいなかった。そんな九州の田舎青年がオーストラリアに行くのはすごく勇気が必要だった。
『田舎青年』は「命」をかけて大きな事に挑む覚悟で、オーストラリアへ旅立った。
ところが、現地に着いてみれれば、私と同年齢、同じような日本人がいっぱいるではないか。『井の中の蛙、大海を知らず』という言葉の意味を身にしみて思い知らされた。今考えれば、笑い話である。オーストラリアへ「命懸けで行く」人はもういないだろう。だが少なくとも、『清水の舞台から飛び降りる』という当時の気持ちは嘘ではなかった。
最初はシドニーで暮らした。生活は楽しかった。英語学校へ行くと同年代の日本人が集まっているから、修学旅行の延長みたいなものだった。
しかし、田舎青年は考えた。「毎日は楽しいが、もっと何か違うものを見つけたくて来たのではなかったか?」。何かを見つけたいといっても、何を見つけたいのかさえ分かっていない。とりあえずヒッチハイクでオーストラリアを回ることに決めた。