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ワーキング・ホリデーを科学する

2010年1月4日 月曜日
川嶋久美子さん

英語力の伸びを実感し、学ぶことが楽しいと感じていた頃だったので「勉強を続けたい」と強く思うようになった。

川嶋 久美子さん

[profile]
・滞在国 オーストラリア
・滞在期間 1996年9月~
・渡航時年齢 23歳
・現在の職業 大学院学生(在オーストラリア)

 

 

私は現在、オーストラリアの大学院で、オーストラリアを訪れる日本人のワーキング・ホリデーをテーマに博士論文を執筆中である。こうして連邦政府から奨学金を頂きながら好きなことが出来るチャンスが巡って来たのも、全てはワーキング・ホリデーがきっかけであった。

ワーキング・ホリデーでオーストラリアに初めて到着したのは一九九六年九月。保守派のハワード政権発足、 ワンネイション党の反アジア移民的政策などがニュースを賑わせた頃であった。到着直後は英語もほとんど話せず、貯金もたかが知れているといった状態。ホームステイ、語学学校、そしてアルバイトからシドニー生活を始めるという、今考えれば典型的なパターンであった。フリーター経験が長かったので”ジャパレス”などでの仕事は違和感なくこなせたが、多少なりとも英語を使う職場は初めてである。ワーホリの先輩から必要最低限のフレーズを教わり、文法もわからないまま丸暗記して使っていた。

ワーホリ友達が英語コースを終え次々とラウンドに旅立って行く中、私に転機が訪れたのは翌年のことであった。通っていた学校が大学入学準備コースを開設することになり、先生方に入学を勧められた。当初は大学など考えてもなかったが、英語力の伸びを実感し、学ぶことが楽しいと感じていた頃だったので「勉強を続けたい」と強く思うようになった。ただ、留学生として生活するには相当な費用が必要である。迷った末に実家に電話した。両親は進学を快諾してくれた。両親の協力なしでは、この選択はあり得なかっただろう。

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清水の舞台から飛び降りた田舎青年

2009年8月22日 土曜日
最初はシドニーで暮らした。生活は楽しかった。英語学校へ行くと同年代の日本人が集まっているから、修学旅行の延長みたいなものだった。

最初はシドニーで暮らした。生活は楽しかった。英語学校へ行くと同年代の日本人が集まっているから、修学旅行の延長みたいなものだった。

横山 重隆さん

[profile]
・滞在国 オーストラリア
・滞在期間 1985年11月~1986年4月
・渡航時年齢 25歳
・現在の職業 会社役員(不動産会社経営)

 

『清水の舞台から飛び降りる』―――。 

 

私はワーキング・ホリデーでオーストラリアへ行った時の体験を話すとき、よく時々この言葉を使う。

24年前は、今のようにインターネットで簡単に情報が手に入る時代ではなく、本屋へ足を運んでもそれらしき本はなかったし、私のまわりには海外に行った人もいなかった。そんな九州の田舎青年がオーストラリアに行くのはすごく勇気が必要だった。

『田舎青年』は「命」をかけて大きな事に挑む覚悟で、オーストラリアへ旅立った。

 ところが、現地に着いてみれれば、私と同年齢、同じような日本人がいっぱいるではないか。『井の中の蛙、大海を知らず』という言葉の意味を身にしみて思い知らされた。今考えれば、笑い話である。オーストラリアへ「命懸けで行く」人はもういないだろう。だが少なくとも、『清水の舞台から飛び降りる』という当時の気持ちは嘘ではなかった。

最初はシドニーで暮らした。生活は楽しかった。英語学校へ行くと同年代の日本人が集まっているから、修学旅行の延長みたいなものだった。

しかし、田舎青年は考えた。「毎日は楽しいが、もっと何か違うものを見つけたくて来たのではなかったか?」。何かを見つけたいといっても、何を見つけたいのかさえ分かっていない。とりあえずヒッチハイクでオーストラリアを回ることに決めた。

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